第1回 多文化共生を促進する元明学生訪問:古島千尋さん

 内なる国際化プロジェクトが始まってからはもちろん、それ以前の卒業生にも、多文化社会・日本の様々な現場で活躍する元明学生がたくさんいます。このウェブサイトでは、本プロジェクトによる「多文化共生ファシリテーター」の認証を受けた人を中心に、卒業生の現在の活躍の様子を紹介していきます。

心理学と社会学の視点から多様な子どもたちの発達・学習を支援する日々

 今回は、本シリーズ記事の第1回として、古島千尋さんに学生時代から現在までを振り返っていただきました。本プロジェクトが始まる前でしたが、学部生および大学院生として明学で過ごした6年間のこと、海外にルーツをもつ子どもたちを含む多様な子どもたちの発達を支援する心理士としてのお仕事のこと、さらには最近起ち上げた会社と施設について、おしえていただきました。

古島さんは、明学ではどのような学びをしましたか。とくに印象に残っていることを教えてください。

 私は、大学4年間を社会学部社会学科で学び、その後、大学院の修士課程2年間を心理学研究科で学びました。社会学科でのゼミでの学びが印象に残っています。
 3年次のゼミの先生からは、「本を熟読するということは、批判的に読むことだ」と教えていただきました。それまでの私は、本に書かれていることをそのまま受け取る学生でしたが、それ以降、自分が抱いた疑問を本に書き込み、他の著書や論文をあたるようになりました。また、先生がおっしゃった、「人は見たいものを見て、聞きたいことを聞いている」という言葉は、私が進路を決断した大きなきっかけになりました。

 ゼミの先生のご病気のため、4年次に別のゼミに変わりました。その1年間は、ほとんどの時間を卒業論文に費やしたように思います。テーマは、「障害児をもつ母親の障害受容」でしたが、最初にぶち当たった壁は、「このテーマを社会学的な視点で捉えるとはどういうことなのか」ということでした。たくさんの本や論文を読み、何度も論文を書き直し、社会学の楽しさにハマっていきました。
 休日や年末年始問わず卒業論文に打ち込むことができたのは、調査の中でインタビューを受けてくださった、障害児をもつ保護者の方々の存在が大きくありました。インタビューの中では、子どものこと、家庭のこと、子どもに障害があると分かった時の気持ち、今の想いなど、初対面の私に、大変多くのことを教えていただきました。自分1人で親の会を訪ね、論文の概要をお話し、インタビューを受けてくださる方を探すことはとても勇気のいることでしたが、インタビューを終えて感じたことは、「この人たちに、一生をかけて恩返しをしよう」という気持ちでした。見ず知らずの私に対し、一般的には話し辛いだろうことを教えてくださった保護者の方々。「どうお礼を伝えたら良いかわからない」と言った私に対し、「これからの子どもたちや親御さんを守ってあげて。まだまだ施設も少ないから」と言ってくださいました。「わかりました、必ずつくります!」なんて、半分本気・半分勢いで即答した私なのでした(このお話はまた後で)。

 さて、寝ている間も夢に卒業論文のアイディアが出てくる日々でしたが(笑)、やりたいことを精一杯やり切った1年間でした。その後卒業論文は、学部長賞をいただきました。楽しいと思うことに全力で取り組んでいれば、何か結果がついてくるものなのかなと、うっすら感じたことを覚えています。
子どもの発達について学びたいという思いから心理学研究科で過ごした2年間は、社会学と心理学の文化の違いに戸惑いながらも、夢に向かって必死で過ごす毎日でした。理論はもちろんのこと、実践力の土台を作っていただいたのは、この2年間、先生方に熱心にご指導いただいたおかげです。

明学での学びはその後の職業キャリアの展開にどのようにつながったでしょうか。

 社会学では社会を見て、心理学では個人を見る。これが、私にとっては大きな壁であり、心理士としてのコンプレックスでもありました。
 そんな時、4年次のゼミの先生から、「いつか君の強みになる。そのまま前進してください」と励ましていただいたことは、その後の私の支えになりました。社会問題に関心のある自分だからこそできることがきっとあるはずだと、自分に言い聞かせながら、心理士としてキャリアを積んでいくことになります。
 そして、今年で10年目になりますが、このタイミングで起業をすることになりました。

現在の事業について教えてください。そこに日本社会の多文化状況がどのように関連しているでしょうか。

 現在は、株式会社FMAカンパニーの代表取締役を務めています。
 事業内容としては、子ども向け無料プリントサイト「やんちゃワーク」の運営と、外国人児童生徒向け無料学習プリントサイト「にほんごワーク」の運営、児童発達支援事業所「ザ・イエローハウス」の運営です。

 やんちゃワーク(https://yanchawork.com/)は、発達に遅れや偏りのあるお子さんが取り組みやすいプリントをサイト上に掲載し、無料でダウンロードできるものです。現在では、ご家庭や療育機関だけでなく、学校や塾などの教育現場でも広くご活用いただいています。

 にほんごワーク(https://nihongowork.com/)は、心理士の仕事をする中で、海外にルーツをもつ子どもたちに多く出会うことで、日本語学習の機会や教員の不足、教材の不足を問題意識として持つようになったことから始まったプロジェクトです。心理士として、子どもの発達について理解している自分だからこそできることがあるのではないかと思い、作ったサイトです。

 ザ・イエローハウス(https://www.the-yellow-house.tokyo/)は、発達に遅れや偏りのある未就学のお子さんを対象に、療育を行う施設です。事業所の特徴としては、①専門職を雇用し、理論に基づいた療育の提供を行なっていること、②多言語に対応していること、の2点が挙げられます。

 特に多言語対応ができる事業所は、私が知る限り、ほとんどありません。ザ・イエローハウスでは、英語と朝鮮・韓国語を使える職員を雇用することで、保護者の方と、お子さんの様子を十分に共有できる体制をとっています。多言語でのやり取りはもちろんのこと、契約書にルビを振ったり、個別支援計画を多言語で作成したりと、できる限り、保護者の母語にも寄り添いながら支援を行っています。現在は、言葉が通じないから療育に通えなかった、という方にもご利用いただいています。
 まさか、本当に自分が療育施設を立ち上げるなんて、思ってもみませんでした。でも、やっと恩返しのスタートラインに立てました。今は毎日、子どもたちの笑い声やピアノの音、保護者の方々の笑顔が見られることが、何よりも幸せです。

現在の学生たちへのメッセージをお願いします。

 正直、学生時代は、お世辞にも真面目な学生とは言えない生活を送っていました。今学んでいることが将来どうなるのかもわからないまま、必要最低限の単位だけを取っていたように思います。
 しかしこうして振り返ってみると、私の原点は、明治学院大学で過ごした6年間の日々だったことに気が付きました。もっと言うと、6年間で出会った人たちが、今の私をつくってくれました。
 いつか、今の学びのひとつひとつがつながって、線になる時がきます。ここまで記事を読んでくださったあなたなら、きっと大丈夫。ぜひ、そのまま前進してください。

古島さん、ありがとうございました。