第7回 多文化共生を促進する元明学生訪問:陳媚(Chen Mei)さん

 多文化共生を促進する(元)明学生を紹介する連載の第7回。社会学部・社会福祉学科の卒業生、陳媚さんにお話をうかがいました。陳さんは、多文化共生ファシリテーター認証の指定科目「ボランティア実践指導」を履修したことから着想を得て、卒業論文を書き上げました。その論文がその年度の社会学部長賞を受賞しました。その後、名古屋大学大学院に進学し、修士号を取得されました。就職直前の時期に、白金キャンパスにてお話を聞かせてくださいました。

中国浙江省から明治学院大学へ

 私の出身地は、浙江省の海に近い所にある小さな町です。私が幼い頃に親は出稼ぎで故郷を離れ、山東省にある都市で働いていました。私も親についていき、山東省の小学校に通っていましたが、5年生のときに親の仕事の都合で私だけが故郷に戻り、祖母と一緒に生活しました。親は別の都市で働いていました。小学校の5、6年、中学校、高校と故郷の学校に通いました。
 私は高校卒業後、中国の大学を受験して三流の大学に合格しました。が、私も負けず嫌いなのでその大学に通いたくなくて海外留学を考えました。安全な社会で、学費も欧米と比べて安く、距離的にも近いので留学先として日本を選択しました。私のように、親の仕事の関係で親と離れて祖父母などと暮らす「留守児童」や親と一緒に都市を移動する「流動児童」が中国では問題になっています。その問題に私も関心を抱いたことが、社会福祉学科で学ぼうと思った原点です。
 日本に来た当初は日本語の勉強に一生懸命でしたが、日本語学校の進学支援の先生に「留守児童」のような問題を学びたいと話したら、明治学院大学を薦めてもらい明学のオープンキャンパスに行きました。すでに明治学院大学で学んでいる何人かの留学生と知り合い、先生の面倒見がよいという評判を聞いたので、明治学院大学に決めました。

日本語の壁を乗り越える

 入学して最初の半年から1年がとても大変でした。入学前に1年間ほど日本語学校に通い、日常生活に必要な日本語は何とか身に付けていましたが、授業や教科書に出てくる日本語や社会福祉の専門用語は、普段使うことがない言葉です。漢字を見れば何となく意味がわかりますが、授業では先生も早口で話すので、うまく聞き取れませんでした。携帯電話で調べながら何とか授業を受けていました。でも、日本にしかない漢字の言葉、例えば「現役」という語の漢字はわかるのに、どのような意味かがわかりませんでした。日本語のウェブサイトで調べて日本語で書かれている解釈を見ても意味がなかなかわからないのです。
 日本語がわからないことが、授業を受けるときの最も大きな困難でした。日本人の学生は授業が終わる前にリアクションペーパーを書いて提出し、教室から学生がどんどん外に出ていきます。私だけが教室に残され、焦って一生懸命書いたこともありました。私と一緒に入学した社会福祉学科の留学生は5人いて、互いに助け合ってがんばりました。それでも2年生になると、日本語に徐々に慣れていきました。
 3年次に高倉誠一先生のゼミに入りました。高倉先生は子どもの特別支援教育の専門家で、私も子どもの福祉に関心があったからです。ゼミで、支援現場と関われる「ボランティア実践指導」の授業を薦められました。

「ボランティア実践指導」―支援現場での立ち位置

 この授業は、面白いところも大変なところもありました。ボランティアとしての心構えを、現場に関わる人は事前にしっかり学ばなければいけません。外国出身の人と接する際の言葉遣いや手ぶり、身ぶりが面白かった点です。前期の授業で、現場に入る前に気を付けるべき点を学び、夏休みに実際に支援現場に入りました。現場に入ると新しいチャレンジがどんどんありました。
 日本の小学校に通った子どもたちの能力はとても高く、私より日本語がうまいのです。私は何か伝えたいときにもうまく説明できず大変でした。他の支援者に伝えたいことをしっかり伝えられないときに、難民の子どもが私の代わりに伝えてくれたこともあります。日本人の学生はいつも支援者の立場に立っていますが、私は支援者と子どもたちの中間ぐらいの位置だったのかもしれません。援助者であったり、支援を受ける立場であったり、立場が流動的だったと思います。支援者のグループに入ったり、子どもたちのグループに入ったりしていました。
 自分のことを外国人ではなく日本の生徒だと考えている子どもが多いように思いました。肌の色や文化は違うかもしれませんが、同じ日本の学校に通っているので、日本人としてのアイデンティティとは言えないまでも、かなり同化している気がします。ただ、振り返ってみると、難民の子どもたちは家族関係が流動的で不安定な場合があるようです。家族状況の影響でなかなか勉強に集中できない子もいました。
 学習指導の際には、数学の問題の解き方はわかるのに、どのように説明したらいいか迷うことがありました。子どもとの唯一の共通言語は日本語ですが、その日本語で解き方をどう説明したらいいのかがわかりません。日本の学校で教えている解き方が、私が中国で習った解き方と同じかどうかも不安でした。そこで、自分の子どもの学習指導をしようとする外国人の親も私と同じ困難を抱えているのではないかと気づきました。

在日中国人母親への調査をして書いた卒業論文

 この経験が、卒業論文の研究テーマにつながりました。「在日中国人母親の育児ニーズ」というテーマです。学校の中の学習支援の困難だけではなく、異文化で子育てする困難について日本にいる中国出身のお母さんたち7~8人にインタビューしました。育児で特に困難を感じるところは、中国国内では祖父母など家族全体で一緒に子育てするのがほとんどです。おばあちゃんが家に住み込み、一緒に子育てをするのです。航空チケット費用の問題だけでなく、最近は新型コロナウイルス感染症の問題もあり、祖父母を呼び寄せることが困難になっています。日本に来た母親たちは、夫婦だけの育児になるので負担が大きくなります。
 インタビューした中国出身の母親たちには、中国人同士で結婚したケースと、日本人と国際結婚しているケースの両方が含まれていました。国際結婚の家庭では、家庭内の共通言語が最も大きな問題です。母親が中国人の場合、子どもに中国語を教えたくても、そのような学習環境がなかなかなくて中国語の教育に苦労している場合があります。
 国際結婚でも中国人同士の結婚でも、そして母親の日本語が流暢であっても、日本人との交流が少ないことがインタビューで明らかになりました。なぜかというと、日本語が流暢でも、会話の中で何かのタブーに触れることを恐れて話がしにくいところがあるからです。その点で日本人と交流する際には心のストレスが高いというのです。
 一方、中国人同士の交流は盛んです。東京の池袋、千葉県松戸市や埼玉県川口市など中国人集住地には、中国人の子ども向けの中国語教室など中国語学習チャンスも多くあります。地域ごとに母親たちのSNSのグループができていて、子どもの進学先情報や入学手続き情報が交換されています。私も中国人集住地のグループに実際に入ってみてその様子がよくわかりました。住んでいる場所による地域差があるということです。

大学院で教育社会学的な研究を展開

 名古屋大学大学院では教育社会学を専攻し、「在日中国人の教育意識に対するパーソナルネットワークの影響」をテーマとして修士論文を書きました。人間関係がどのように在日中国人母親たちの教育観に影響を与えているかについて調査しました。
 現在の中国は学歴社会です。教育熱心な母親が多いです。中国にいると、子どもの勉強にそこまで力を入れたくない親でも、周りからの影響を受けて力を入れないわけにはいかなくなります。しかし日本に渡り、中国の環境から離れると、教育熱心さが緩むのではないかという仮説を立てました。
 調査からは、日本に来た親は学習だけに力を入れるのではなく、水泳などの習い事にも力を入れていることがわかりました。さらに中国語や英語などにも力を入れています。中国語を学ばせる理由は、中国人としてのアイデンティティを保つため、そして言語を武器として将来の選択肢を増やすためです。日本に渡り、中国の教育熱心な環境やネットワークから遠ざかった母親は、新しいネットワークをつくるチャンスが与えられます。自分が関わりたいネットワークを取捨選択できるようになるので、教育方針も多様になります。
 修士論文でも卒業論文でも「ボランティア実践指導」の授業で芽生えた問題意識が研究の原点になったと思います。自分が支援者の立場になってみて初めて、外国人の保護者が自分の子どもの指導に苦労する点に気づきました。そして2つの論文を書きましたが、その研究成果をどのように支援につなげていくかが未解決です。日本語教室や外国人児童生徒の指導員などの制度が自治体などでもどんどん起ち上がっているなど、日本全体が努力しています。日本はますます外国人が生活しやすい社会になっていくと思います。

今後の展望と日本社会の課題

 私が就職するのはITコンサルティングの会社です。これまで学び、研究してきたこととほとんど関係ない分野のように見えます。しかしこの会社には、インド、シンガポール、欧米など、多様な国籍の人が集まっています。どのようにその方たちと関わっていくかという点では、これまで学んできたことが必ず生かせると思います。
 日本に来る前は、日本社会のことをよく知らなかったので、日本人は単一民族であり、排外的ではないかと心配していました。実際に来てみると、中国よりも他国の文化に対して融和的で、外国人を歓迎している感じがしました。また、福祉制度を外国人も分け隔てなく使える点で手厚いと思います。例えば、私の友人が結婚し、妊娠しましたが、健康保険証を持っていて日本人と同じ扱いを受けます。彼女はまだ学生なので所得税を一円も払っていませんが、そのような手厚い援助を受けられることに感心しました。
 ますます人が国境を越えて流動する時代が来ると思うので、国際移動をする人のための福祉制度や年金制度などについて考えないといけないと思います。例えば現在の日本の年金は10年以上納めないと受給資格がもらえません。国家間にまたがる年金制度ができるべきだと思います。

学生の皆さんへのメッセージ

 2年生のときに受けた授業の先生が「人生は経験の積み重ね」と言っていたことを憶えています。振り返ってみると、確かに人生は年齢の積み重ねではなく、経験の積み重ねだと思います。留学したり、学外の活動に参加したり、学内で授業に取り組んだりすることで、人生をどんどん豊かにしていってほしいと願っています。