第10回 多文化共生を促進する現役明学生訪問:松村彩未さん

 今回は、明治学院大学心理学部教育発達学科4年生の松村彩未さんを紹介します。松村さんは大学の4年間を通して、港区国際交流協会でのインターンシップ、大学や地域での多言語読み聞かせ、外国につながる子どもたちの学習支援など、多文化共生に関わる様々な学習や体験を重ねてきました。
 2026年4月からは横浜市で小学校教員として働く予定の松村さんに、これまで学んだことを振り返り、今後の希望についてお話していただきました。

(内なる国際化プロジェクト事務局)

多様性との出会い

 私の多文化共生への関心の根っこを辿ると、幼い頃に住んでいたマンションでの出会いに突き当たります。お母さんが日本人、お父さんがアメリカ人のご家族が同じマンションで英会話教室を開いていました。その家のお子さんと年齢が近く、幼稚園も一緒だったこともあり、当たり前のように一緒に遊び、日常の中で自然と英語や海外の遊びに触れていました。多文化の環境で過ごすことは、とても楽しかった経験として心に残っています。
 ただ学校に入り、学年が進むにつれて、少しずつ違和感を抱くようになりました。中学校では外国にルーツを持つ子をほとんど見かけず、「みんな同じであること」が求められる空気感に、どこか息苦しさを感じていたように思います。
 そんな時、中学校の担任の先生が多様な生徒が集まる総合高校への進学を薦めてくれました。そこではいろいろな個性やルーツをオープンにしている子たちが生き生きと過ごしており、先生方もそれを自然に受け入れていて、とても開放感を感じました。その「過ごしやすさ」に感動したことが、「誰もが自分らしくいられる学校を作りたい」という、教員を目指す上での強い動機となりました。多文化共生という言葉を知ったのは大学に入ってからですが、自分自身が「過ごしやすさ・過ごしにくさ」を感じた経験から、多様な人たちが共に生きられる場に関心を持ったのだと思います。

世界の広さを知る教員を目指して

 明治学院大学を選んだのは、特別支援教育や国際教育など、多様な分野を横断的に学べる環境に惹かれたからです。1年生の時に、外国にルーツを持つ子どもたちへの支援がまだ不十分であることや、インクルーシブ教育の重要性を学びました。
 「単に授業ができるだけではダメなんだ」。そう痛感すると同時に、自分が知っている社会の狭さを突きつけられた気がしました。これから子どもたちを社会へ送り出す側になる上で、多様な人がいることを自分自身がもっと知らなければいけない。そして、その多様さを子どもたちに伝えられる教育をしなければならないと思うようになったのです。
 その想いがきっかけとなり、大学4年間は、韓国語など英語以外の語学の学習、「多文化共生サポーター・ファシリテーター」プログラムへの挑戦など、様々なことにチャレンジしました。

体験を通した学びから

 3年次に受講した「多文化社会教育実習」では、港区国際交流協会で80時間のインターンシップを経験しました。活動の中でも、地域の日本語学習者が集まる「日本語サロン」や、外国につながりのある子どもたちのための学習支援教室での活動が印象に残っています。実際に活動に参加することで、地域における実態の違いを知り、地域に応じた実践を考えることの重要性を学びました。また実習の一環として、Amazon本社にて、生成AIの活用に関する講習を受け、AIによる「やさしい日本語」による文章作成を試みるなど、これまで学ぶことがなかった新しい分野の知見を広げることもできました。

やさしい日本語ワークショップ&インターン活動報告会(2025年11月3日開催)

 同じく3年次に受講した「生涯学習支援論」では、ファシリテーションの考え方の基礎を学び、実際にファシリテーターとしてワークショップを企画し実践することを行いました。その際に教えていただいた「ファシリテーターは目立ちすぎてはダメで、裏方になるのが大事」という言葉がずっと心に残っています。学習者が主体であるという考え方は学校での教育においても同じように重要だと思います。教員としての活動、多文化共生ファシリテーターとしての活動にもつながる学びになりました。

多言語読み聞かせの実践

 3年次、4年次に、ゼミの仲間と取り組んだ「多言語読み聞かせ」プロジェクトは、私の軸の一つにもなりました。「多言語読み聞かせ」とは、複数の言語で絵本の読み聞かせを行う活動です。絵本を通じて異なる言語や文化に触れることは、子どもたちにとって新しい発見があり、異文化理解や多様性の尊重につながります。
 多言語読み聞かせの経験は、卒業論文につながりました。論文をまとめることは大変でしたが、理論と実践の両面から掘り下げたことで、今後、異文化理解をどのように実践していくか、学んだことをどのようにどのように子どもたちにつないでいくかという部分で、自分の軸を作れた気がします。この活動は、将来、日本の公立小学校でも、あるいは海外の日本人学校でも、どこへ行っても続けられる活動です。多文化共生や異文化理解というと何をしたらよいのか難しく考えてしまいますが、多言語読み聞かせを通して私自身も広める側になれるといいなと思いました。

新宿区大久保図書館での多言語読み聞かせ実践

多文化環境で働く

 4年次には、タイの職業カレッジで2週間の日本語教育も体験しました。育ってきた環境も、関心を持っていることも全く違うタイの学生たちに日本語を教えるためには、まず彼らのことをよく知らなければなりません。全く違うからこそ「何が好きなの?」「日本だと何が気になっているの?」と関心を引き出す、学生たちに寄り添った授業を考えることができました。今までは教科書に沿って考えることが多かったですが、学生に寄り添って授業を作る楽しさを感じました。
 また、同僚が中国、インドネシア、フィリピンなどさまざまな国から来た先生たちであったため、協働するのも難しかったですが、「こういう考え方で授業を考えるんだ」など自分の見方が広がりました。日本人の先生だから意見が合うということでは必ずしもなく、国籍に関わらず丁寧にコミュニケーションすることの大切さを学びました。

職業カレッジでの日本語指導(タイ・バンコク)

ボランティア実習で得た客観的視点

 4年次の「ボランティア実践指導」では、難民の背景を持つ子どもたちの学習支援に携わり、その体験から得た気づきをレポートにまとめて発表しました。
 これまでの私は、ただ「支援する側の一員」として活動していましたが、大学での学びやいろいろな経験を経て、支援者と子どもたちの間にあるやりづらさや戸惑いを初めて客観的に見ることができました。支援という空間自体のこれからを考えるという経験を通して、自分自身がもう一歩先のステップに進むことができた気がします。単なる支援の経験で終わらず、それをレポートにまとめることで、現場をより深く見られたことが学びになりました。

内なる国際化プロジェクト主催シンポジウム「マジョリティが変わるために外国ルーツの元「子ども」たちからの提言―日本社会はどう見えるのか?」(2026年1月30日)開催での「ボランティア実践指導」成果発表

「なりたい自分」を支える教育を

 4月からは横浜市で小学校の教員になります。まずは学級経営や授業の指導などの基礎をしっかり固めていきたいと思いますが、その中でも、自分自身の活動の軸の一つでもある「多言語読み聞かせ」を継続的に実践していきたいと考えています。
 またある程度、経験を積んだうえで、日本人学校など海外の教育の場に行き、異なる環境でさまざまな子どもたちに触れたいとも考えています。私には「全ての子どもたちを尊重できる教員、子どもたちがいきいきできる教員になりたい」という思いがあります。子どもたちが「なりたい自分」を自由に描き、そこに向かって成長していけるよう、支え続ける存在でありたい。自分自身がいろいろな環境を経験して子どもたちに還元し、子どもたちが「なりたい自分」を描けるような教育ができたらと思っています。

後輩たちへのメッセージ

 私はこの4年間、自分の専門分野や「教育」という枠に捉われず、さまざまな場をたくさん経験しようと思って過ごしてきました。それがあったからこそ視野も広がったし、充実した時間を過ごすことができたと感じています。経験することで、自分に厚みが出て回りが見えるのと同時に、自分自身もさらに見えてくるように感じました。これから学ぶ皆さんにも、分野やジャンルに捉われず、いろいろな経験をしてほしいと思います。

(取材日:2026年2月2日)