第4回 多文化共生を促進する元明学生訪問:広瀬正太さん

 内なる国際化プロジェクトに関わった学生や卒業生を紹介する連載の第4回。今回は、大学院時代にも活動に参加し、後輩の指導的立場にもなり、「特別多文化共生ファシリテーター」に認定された、社会学部・社会福祉学科卒、その後本学大学院社会学研究科前期課程(社会福祉学専攻)を修了した広瀬正太さんにお話しをうかがいました。現在のお仕事の話、それから現在のお仕事で見つける「内なる国際化」の現状、学びについて話してくださいました。

横浜市で社会福祉支援の最前線で働く。大学入学時からの希望だった。

 大学院修了後横浜市に入庁し、社会福祉職の公務員として働いています。現在の職場は児童相談所です。児童相談所は、18歳未満のお子さんたちに関する様々な相談に応じる相談機関です。私は児童福祉司という職種で、相談に対し助言や関係機関への調査を行う仕事です。
 もともと大学や大学院で社会福祉学を専攻し、児童福祉に関心を持っていたので、希望していた職場でもありました。児童相談所の中でもいくつか係はありますが、私が働いているのは養育相談や虐待通告の初期調査や緊急対応を行う係です。現在横浜市には、4つの児童相談所があり、私は西部児童相談所に勤めています。
 大学に入った時から、社会福祉学科に入って社会福祉士という国家資格の取得を目指していました。社会福祉士の資格を取ると、児童相談所などの相談機関や福祉施設などで相談支援の現場で働くことができます。支援を必要とする子どもたちやそのご家族の方のために力になりたいと思い、社会福祉士の資格を取り、児童福祉の現場で働くという道をずっと目指していました。

児童相談所の現場で感じる「外国ルーツ」の家族の多さ、言葉の問題

 児童相談所で働いていて思うことは、支援する家族はもちろん日本人の家族が多いのですが、外国にルーツを持つ子どもたちも、正確な数とかはもちろん出せないのですが、思ったよりも結構多いなという印象でした。外国ルーツのご家族を支援するうえで感じることは、お互いにお互いを理解できない、されない状況で、なかなかご家族との相談関係を築けないことで、支援が難しくなるということです。支援が難しければ、その家庭が抱える課題や困難が簡単には改善されない。そこに大変さを感じます。
 その背景を考えると、やはり言葉の問題が一番大きいと思いますね。市が通訳を雇っているわけではなく、適宜依頼する必要があります。しかし、多言語に対応する支援のノウハウは確立されているとはいえません。また職員皆が、言葉の問題だけでなく、外国ルーツの家庭の課題や困難を十分に理解するといのは難しいのだと思います。
 実際に日本で生活する外国ルーツの子どもたちと話をすると、彼らは日本語を上手に話します。そうすると、私たち職員はそうした子どもたちと意思疎通ができます。一方で、親御さんとそう簡単に意思疎通が取れないこともあります。そうすると、親御さんは子どもたちを通訳に使うのです。児童相談所としては、時に子どもたちには聞かれたくない大人同士の話があるのです。これはちょっとまずいな、子どもに聞かせる話ではないな、と思うことがあるのですが、現実ではそれ以外の方法がないから仕方なく子どもたちに力を借りてしまうっていうところがあります。通訳の話は、本来こうしたことを避けるためにも、児童相談所側が、きちんとした支援をシステムとして作るべきだろうと思っています。もちろんそうしたシステムがないわけではないですが、さらに利用しやすく確立、普及させていくことが必要だと感じます。実際、親の行政手続きや通院に通訳として連れ回されて学校を休んだり、子どもたちの時間が奪われてしまうという事例を経験したことがあります。それは子どもたちにさまざまな負担を強いることであり、子どもたちの福祉や教育を考えたときに決して良いことではないと思います。ですから、せめて通訳はきちんと確保できればと思うのですが、難しいですね。
 こうした現状は、意外と、「あれ、これどっかで学んだぞ」と思うことがあります。大学時代にこのプロジェクトの授業やボランティアで学んでいたことが、実際の支援現場で見えてくることがあり、面白いなと思うところです。それと同時に難しさを痛感するところでもあります。

児童相談所で見る「文化の違い」

 さらに、実際の事例で感じる難しさがあります。虐待対応をしていると、親のしつけに対する意識の違いを感じるときがあります。外国ルーツの家庭に限ったことではないですが、日本との文化が違う場合、暴力を伴うしつけを当たり前だと思っている親に対して、それはだめですよと言うのです。でも、うちの家庭ではそうやって育ったとか、母国では普通のことだと言われてしまうと、そこの文化的価値観を修正するのは本当に難しいです。日本では現在、虐待や体罰は法律で禁止されている、と繰り返し説明するのですが、なかなかそこは理解してもらえないと苦労しますね。
 あとは家族観も多少は違うのかなと感じます。例えば、親と子どもとの距離感がとても近くて、思春期の男の子に対しても、お母さんがすごく干渉的で、当然子どもはそれをすごく嫌がるんです。でも、それぐらい親は普通だと言います。日本で育つ子どもたちからしたらとても嫌なことで、その結果親子関係があまりうまくいかずに、児相がかかわった事例とかもあります。思春期のとらえ方や親がどれだけ面倒を見るかに違いがありそうですね。そういう時には、思春期の子どもとは適切な距離感を保ちましょう、プライバシーを守ろうなどと助言をしてみます。素直にそうなんだと納得してくれることもありますし、それが日本の文化だと伝えると、それで納得する人もいます。逆に文化的背景が違う外国ルーツだからこそ、日本の文化や考え方に合わせなきゃいけないと、納得してもらったりする、日本人家庭と異なる受け入れ方をされることもあります。

児童相談所と学習支援教室で出会った子どもたちと共通すること

 学生時代を振り返って、「内なる国際化プロジェクト」の記憶はやっぱり学習支援教室です。当時参加していた子どもたちとのかかわりの中で印象深いのは、親御さんと子どもたちの苦悩や葛藤が違うことです。子どもは学校に行って友だちがいて日本語でやり取りをする子とかもいてどんどん日本語が上達していく。日本の文化に馴染んでいく機会が多くあり、言語の獲得や学習は親御さんたちよりも子どもたちのほうが速いと思います。その機会の差で、親子関係が離れていってしまったり、コミュニケーションが難しくなったりすると感じていました。実際の、学習支援教室の子どもたちを見ていても、そういう話を聞いたことがありました。家族内の文化と家族外の文化とのギャップで子どもが悩んでいたり葛藤があったりするわけですが、それは今の支援現場でも時々みられる事例です。子どもがどの文化に適応していけばいいか、自分の文化をどれだけ守れるのか、大切な親とのコミュニケーションがうまくとれずに関係不調になってしまう子どもたちがいると、ああ、そういう葛藤が共通しているなと実感します。

「居場所」としての学習支援教室

 学習支援教室には、家では親やきょうだいとよくけんかをするとか、なかなか家に帰ろうとしない子がいました。でも、(大学で開催した)教室に来ては、友だちや先生とすごく楽しそうに話しているのを見ると、家族関係がうまくいっていないのかなとか、葛藤が子どもたちにあったのかなと考えることはありました。
 逆に学校に適応できてない子もいると思うんですね。学校での友だち関係がうまくいってない中で、学習支援教室には来てくれている。もしかしたらこの教室の方が子どもたちたちにとっての居場所だったのかなと感じることがあります。
 子どもたちが家族や学校内で何かしらの葛藤があって、そこを支える場が学習支援教室だとすると、すごく意義のある活動だと思います。参加する子どもたちはみんな仲良く、いろんな背景を持つ子どもたちが集まって、楽しそうに過ごしているなと本当に思いましたし、とにかく元気でいつも走り回っていたことは今でもよく覚えています。そこはいい雰囲気だったと思いますし、学習以外にも重要な意味があると思います。

学習支援教室にかかわろうと思ったきっかけ

 2年生の春休みです。多文化共生が云々というよりも、子どもにかかわるボランティアだから、私が専攻する子どもの福祉と結びつけて実践しようかなと思って、始めたのがきっかけです。初回の印象は、多くの子たちがわざわざ大学に来て、頑張って勉強しているんだなと率直に驚きました。それに、いろんな国の子たち来ているんだなと。それまで外国ルーツの子どもたちとかかわる機会がほとんどなかったのでとても面白かったですし、学習や生活に苦労している子どもたちが多くいるんだと認識しましたね。それは新しい価値観でした。3年生になって、「内なる国際化プロジェクト」やボランティア実践指導という授業もあると話を聞いたので、受講しました。そして3年生の夏休みに授業の一環として2回目の学習支援教室に参加しました。

”生きづらさ” を考え、支えたい

【写真】学習支援教室に参加する学部生時代の広瀬さん

 ボランティア実践指導や関連授業、学科の科目など全体を通して考えるのは、「社会福祉学」というのは、「“生きづらさ”をどう支えていくか」という学問だということです。様々な授業で、いろんな“生きづらさ”があることを学びました。そして、それに対してどう考えていくか、支えていくかという価値観を学んだと思います。もちろん社会福祉士の養成課程の科目は領域ごとに知識や技術を学びますが、ボランティア実践指導で外国ルーツの子どもたちやそのご家族の方が、どういう“生きづらさ”を持っているかというのをすごく身近に感じ考えることができた機会だったと思っています。そして、間違いなくそれが今の自分の仕事にも結び付いているところがある。そこに、立ち返っていくと、ああ、大学でそういえば学んだなとか、その経験が支援現場に活かされているのかなと思うことがあります。
 大事なことは、外国ルーツの方々も当たり前のように日本の中で生活をしている、一人の生活者として見ていく必要があるということで、私たちはそれを忘れちゃいけないと、仕事をしていて思います。私たちの仕事もいろんな生きづらさを抱えている人たちを支援する仕事ですが、彼らの抱える“生きづらさ”の1つには文化や言語が違うところが大きいと思います。そこを一人の人間として支援をしていくことが大切だと考えています。あるいはその支援が必要な人であれば、その人たちの声、思いを聞いていくことが大切だということを、この間に学んだと思っています。

後輩のみんなに伝えたいこと

 今の仕事を見ても、それから大学の学びを見ても、元々は多文化共生のことをやりたいとか勉強したいと思ってやっていたことって実はほとんどないんです。このプロジェクトの入口は社会福祉だし、子どもたちへの支援という窓でした。出口も、社会福祉職、社会福祉の支援いうところなので、必ずしも多文化共生にかかわる第一線の仕事ではないです。でも、結果として今話したように、いろんなところで結び付いていくところがすごくあると思います。児童相談所の仕事で、外国ルーツを持つ子どもたちやご家族の支援は本当に難しいですが、プロジェクトでの学びや経験はとても活かされていると実感します。入り口では見えなかったものが、見えないところでつながっていく。そういう「縁」が必ずあるということは、ぜひ学生さんたちにも知ってほしいし、大切にしてほしいなと思います。